2016年04月12日

【大分県の城】義兄・細川忠興の物心両面での援助をうけて日出城完成

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日出城(ひじじょう)は、1601年に豊臣秀吉の正室・ねねの甥である木下延俊(のぶとし)によって築かれた平山城。

目の前には別府湾が広っています。豊後の良港として知られていた日出湊に隣接する場所にお城を建てました。

この日出城は築城に際して細川忠興が全面協力。木下延俊の妻は細川忠興の妹です。そんな関係で協力したようです。

当時、忠興は豊前中津城の城主だったので、まぁ近かったので協力できたんでしょねう。忠興が縄張をし、石垣に関しては石工を派遣したそうです。

この話しをボランティアガイドさんに聞き、忠興に対する見方がちょっと変わったわ。忠興は武将としてすごいと思うし、文化面でも才能のある人だけど、性格的には・・・あまり好きになれず。

でも、義弟のために経済的援助だけでなく、縄張、石工など物心両面での援助をしたとは。見直しましたよ。



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現在、本丸跡は小学校になっており、本丸の石垣を外からしか見ることができませんが、厳重な構えとなっており、3万石とは思えない立派なものです。

さすが、忠興が関わっただけありますね。



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現在も残っている西側の空堀。


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人柱祠

これって城にあるますよね。。。


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本丸の石垣も残っています。


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この日出城、1601年の秋 築城開始で、1602年8月に完成とのこと。

約1年でできたお城なんだけど、その早さにはびっくり。そんなに早くできるんだ。いや、必死に造ったからこれだけの期間でできたのかもしれないけど。

短期間で造り、そして今も石垣が残っている。これはすごいなー

日出城(ひじじょう)
http://hijinavi.com/watching/hiji-castle/

大分県速見郡日出町2610-1


つづく

posted by 夢子 at 17:47 | 日本100名城以外(大分県)