2016年04月25日

【熊本県の城】2015年2月、冬の熊本城(12) 二様の石垣

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写真は2015年2月に撮ったものです。

熊本城のビュースポットのひとつ二様の石垣です。



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二様の石垣をこの角度で撮るには東竹之丸から向かわないと撮れません。

ここからだと天守閣は見えません。

でも、一歩、一歩進んでいくと天守閣が見えてきます。それが何度見ても素敵です。



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天守を見る前に、私が歩いてきたところを振り返りパチリ。

ここの石垣は大天守や本丸御殿よりも後に積まれたものです。

大天守や本丸御殿は1599年ごろに石垣が積まれたと言われています。

ここらへんは1601〜1607年と想定されます。隅石が算木積みじゃないから私は1605年以前じゃないかと勝手に思っています。

6月に熊本城の石垣に詳しい方に、石垣についてあれこれ教えていただくことになっています。そのころ熊本城に入れるんだろうか? 一部でも入れるようになっているといいなー



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美しい!!!

この風景は加藤清正は見ていないです。

というのも二様の石垣は細川時代にできたものなんです。

手前の石垣が加藤清正時代に積まれた石垣で、奥が細川忠利時代に積まれたものです。

どうして、ふたつの時代の石垣があるかというと、加藤家が改易され、細川忠利が肥後に入国したとき、本丸御殿はかなり傷んでおり、増改築しました。増築のために本丸御殿のスペースを増やすために石垣を積んでいるのでこのようにふたつの時代の石垣を一緒に見ることができます。

清正時代の石垣は初期のもので、まだ算木積みがない時代です。ですから、下がゆるやかなカーブで、上部の勾配が急になっています。

細川時代の石垣は石垣の技術も進み、隅石は算木積みで、下から勾配が急です。



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二様の石垣から天守に向かわず、その横にある飯田丸の梅を楽しみしました。



熊本城
http://www.manyou-kumamoto.jp/castle/
熊本県熊本市中央区本丸1-1

posted by 夢子 at 15:35 | 日本100名城(熊本県)