2017年07月23日

【熊本城復旧記録】戌亥櫓(いぬいやぐら)(2)

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【熊本城復旧記録】
戌亥櫓(いぬいやぐら)(1) 2016年4月


つづき

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2016年7月21日撮影

地震後、はじめて戌亥櫓を見たときはあまりのショックでぼう然とした。

それから3ヵ月。この頃になるとやっと戌亥櫓をまともに見れるようになった。

それまでは心臓がバクバクし堪らなかった。

それが、『よく頑張ってね。辛いだろうけど、もう少し辛抱してね。』と言えるようになった。

地震で石垣が崩れ、それだけでも痛かっただろうし、怖かったと思う。

それなのに、その後も隅石だけで支え、今も頑張っている、踏ん張っていると思うと・・・。



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2016年11月11日撮影

秋になり、葉っぱの色が変わってきた。

それでも、戌亥櫓は地震後、まったく変わらず、隅石だけで頑張っている。

季節と変わろうが、隅石は文句ひとついわず、辛いきついと愚痴をこぼさず耐えている。



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2016年11月11日撮影

地震で全国的に有名になったのが飯田丸五階櫓の一本の石垣。

あちらは全国ニュースでも取れあげられ、よく知られている。

この戌亥櫓は飯田丸五階櫓に比べて小さな櫓のせいか、全国どころか熊本の人ですら知らない人がいる。

でも、この櫓は地震後、まったく手をかけられることなく、隅石だけで、自分の力だけで、今も櫓を支えている。

この強さ、私は絶対に忘れない。



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2016年12月15日撮影

秋も深まり、朝晩は冷えるようになった。

石垣の大半が崩れ落ち、今年の冬は戌亥櫓は寒いだろうな。



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2016年12月15日撮影

ちよっと角度を変えて。

銀杏が『地震、大変でしたね。辛くありませんか?』と話しかけているようです。

春に信じられないような大きな地震が起き、それでも銀杏はきれいに色づいた。

このときの戌亥櫓、銀杏の気持ち、私は本当にわかっているんだろうか?


つづく

posted by 夢子 at 08:21 | 2016年熊本地震後の復旧熊本城