2017年07月24日

【熊本城復旧記録】加藤神社から見た大小天守閣(1) 2016年7月〜9月

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2016年4月14日21時26分の地震(前震)で、熊本城は被害が出る。

大天守の鯱や避雷針、屋根瓦も落ち、それだけでもかなりのショックだった。

でも、熊本地震はそれだけで終わらなかった。

16日の1時25分、再び大地震に見舞われる。これにより熊本城は壊滅的な被害に。

ショックを通り過ぎた。現実なのか夢なのかもわからなかった。

熊本城の現状をニュースや新聞で見ては涙した。

どれくらい時間が経ったときか忘れたが、『天守も宇土櫓も建っている』と脳裏に浮かんだ。

たしかに築城以来最大級の被害ではあるが、大天守も小天守も宇土櫓も地震に耐え、今もちゃんと建ってる。

それを自分の中でやっと理解できた瞬間、改めて熊本城の力強さを感じた。



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2016年7月21日撮影

4月の地震後、熊本城の有料地域には入れなくなった。

加藤神社も地震後しばらくは入れなかった。

6月になり、加藤神社に入れるようになり、加藤神社に参拝できる嬉しさ、安堵、そして近くで天守閣を見たい一心で行った。

それなのに写真はない。最初のうち、精神状態が不安定だったせいか、写真を撮っているようで、撮っていないことが多々あり。

天守閣の復旧記録は2016年7月からスタートとなります。



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2016年8月12日撮影

雑草がすごいことになっている。

真夏だから仕方ないよね。



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2016年9月1日撮影

前震、本震と2度の大地震があったのに、大天守も小天守もしっかり建っている。

これは本当にすごいな。

天守と宇土櫓が倒れなかったから、前を向ける。

熊本城はあって当たり前だった。

大小天守閣と宇土櫓が建っているのが当たり前だった。

地震で大きな被害を受けたけど、倒れることなく建っていてくれてありがとう。



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2016年9月1日撮影

熊本城の大小天守閣は昭和35年(1960年)に復元されたもの。

復元に際して、天守台の石垣に負担をかけない構造になっている。

だから、小天守の石垣の上部が崩れても倒れない。

明治10年(1877年)の西南戦争で木造天守閣は焼失した。

その際、建物は内部に崩れ落ち、天守台の石垣はかまど状態になった。

そして、その後復元されるまで83年の長い時間、野ざらしに。

かまど状態から野ざらし。これではどんなに頑丈な石垣だった弱ってしまう。

そこに鉄筋コンクリート造りの天守閣を造るのだから、石垣が重い天守を支えることはできない。

当時の関係者が、石垣に負担をかけないように、地下47メートル深くまで掘削し、コンクリートの基礎が造られた。

大天守8本、小天守4本の基礎が、現在の大小天守閣を支えている。

これがあったから、今回の地震で倒れなかった。そして文化財の石垣を守った。

大小天守閣は再建されたものだから、

コンクリート造りだから、

文化財じゃないから、

といろいろという人がいるが、熊本のシンボルは現在の昭和35年に復元された天守閣。

強い、強い天守閣です。だから、これからも大切に大切にしたいです。


つづく



posted by 夢子 at 13:30 | 2016年熊本地震後の復旧熊本城