2017年07月30日

【熊本城復旧記録】百間石垣(1)  2016年6月〜7月

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加藤家に召抱えられた穴太衆・原庄右衛門が手掛けたと記録が残っている百間石垣。

明治22年(1889年)の熊本地震の際、数箇所崩落。陸軍が修復。

そして、平成28年(2016年)の熊本大地震でも崩落、膨らみ、緩みと大きな被害を受けました。


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2016年6月26日撮影

地震で百關ホ垣の石垣は甚大な被害を受け、市道まで石材が転げ落ちました。

それにより、新堀橋から先は6月になるまで規制線が張られ近寄ることもできませんでした。

私たちが近寄れない中、5月23日から応急工事がはじまり、石材の回収が行われました。

私が見に行ったときはすでに石材の回収は終わっていました。

写真右の建物は熊本市役所 古京町別館です。

こちらも地震で被害を受け、解体が決まりました。



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2016年6月26日撮影

石垣の上半分が完全に崩れています。



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2016年7月21日撮影


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2016年7月21日撮影

崩れた石垣のところに、モルタルが吹き付けられました。

そして、ネットもかけられています。

これでいよいよ完成なのかな?


つづく



posted by 夢子 at 16:31 | 2016年熊本地震後の復旧熊本城