2017年08月05日

【熊本城復旧記録】市役所14階展望ロビーから見た飯田丸五階櫓(4) 2017年8月〜9月

トップ > 熊本城 〜地震から復旧の道のり〜 >


【熊本城復旧記録】
市役所14階展望ロビーから見た飯田丸五階櫓(1) 2016年5月〜8月
市役所14階展望ロビーから見た飯田丸五階櫓(2) 2016年9月〜2017年5月
市役所14階展望ロビーから見た飯田丸五階櫓(3) 2017年6月〜


つづき


20170803a15.jpg

2017年8月3日撮影

先日、赤の受構台が設置され、市役所に行って飯田丸五階櫓を見た。

でも、夕方で西日が強く、まともに写真も撮れず。

今回は8時半に行ってきました。早い時間だったので、見学者も少なくゆっくりじっくり見てきました。

飯田丸五階櫓は平成17年(2005年)に復元された。

それから11年後の2016年熊本地震で、石垣は崩れ、隅石一本で櫓を支え、その頑張りで一躍有名になった。

地震前はそれほど注目されることなく、櫓の見学者も天守や本丸御殿に比べたら少ないものだった。

それが地震で、隅石一本になり、全国ニュースでもたびたび取り上げられ、たくさんの人から注目されるようになった。

飯田丸五階櫓や隅石はその変化をどう思っただろう。

いや、あちこち傷つきそれどころではなかったかな。

1年前、緑の腕(仮受構台)ができ、櫓を抱きかかえるようにして支えてくれた。

それから1年、今度は地面から支える赤い受構台ができ、櫓を支えるようになった。

緑から赤へバトンタッチ。これにより、今月中旬から緑の腕は解体される。

9月中にはすべて撤去されるとのこと。ここからもうすぐ緑の腕がなくなる。

この一年間ずっと飯田丸五階櫓を支えてくれた感謝の気持ちを伝えながら、無事解体、撤去作業が終わるのを見続けたい。



a0823018.jpg

2017年8月23日撮影

緑の鉄骨、緑の腕の解体が進んでいます。

もう緑の腕は飯田丸五階櫓の下にはありません。

いざ解体がはじまると寂しいです。

熊本城に、飯田丸五階櫓に鉄骨は似合わないという人もいます。

たしかに似合いません。でも、緑の鉄骨のおかげで飯田丸五階櫓は助かりました。

一本の隅石も助かりました。だから、私は似合う、似合わないではなく、心からありがとうございました。

今まで本当にありがとうございました。と伝えました。



a0830013.jpg


a0830015.jpg

2017年8月30日撮影

緑の鉄骨の解体作業がさらに進みました。

昨年の夏、暑い中で取り付けられた緑の腕。

そのときも作業員の方々は本当に大変でした。

そして、解体も暑い中で・・・。

飯田丸五階櫓は夏と縁があるのかな?

飯田覚兵衛は夏男?

永禄5年(1562年)生まれということはわかっているけど、誕生日はわからず。

清正公と同じ年なんだよね。

今頃、空の上でふたりで、『暑い中、みんな頑張っているなー』なんて言っているかな。



a220170906.jpg

2017年9月7日撮影

緑の鉄骨がどんどん解体撤去され、残り少なくなりました。

もう少ししたら、ここに緑の鉄骨があったことすら忘れられてしまうかもしれない。

そんな日が来たら寂しいな。ほかの人が忘れてしまっても私は緑の鉄骨のことは忘れない。

だって、だって、緑の鉄骨のおかげで飯田丸五階櫓も一本の隅石も助かったのだから、絶対に忘れないよ。

posted by 夢子 at 09:08 | 2016年熊本地震後の復旧熊本城