2017年08月25日

【熊本城復旧記録】城彩苑、慶宅坂から見た飯田丸五階櫓(3) 2017年8月〜

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【熊本城復旧記録】
城彩苑、慶宅坂から見た飯田丸五階櫓(1) 2016年4月〜2017年2月
城彩苑、慶宅坂から見た飯田丸五階櫓(2) 2017年3月〜4月


つづき


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2017年8月17日撮影

城彩苑のテラスから飯田丸五階櫓を見ると、緑の鉄骨に青のシート?がかかっています。

市役所からだとわからないから、この青のシートが見えるのはここからだけ。

見る角度によって違うから、熊本城散策はやめられない。



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2017年8月23日撮影

緑の鉄骨の一部が解体撤去されました。

今まで櫓の後ろから前まであった鉄骨が、前の部分はなくなりました。

緑の鉄骨が解体されると、次は飯田丸五階櫓の解体?(現時点で解体や曳家かは決まっていません)なんだよね。櫓とももう少ししたらお別れで・・・。

どんどん工事が進むのは、復旧に向かっていることなんだけど、なんか複雑。ちょっと寂しいのよね。





    
  城 用 語
    

水城  みずじろ
基本的には平城と同じだが、河川や海、湖を天然の水掘として、その水辺に築かれた城。
地方の水軍に便利うえ、水の要害でもあり、敵が侵入しようとしても容易できない。
別名、浮城(うきじろ)とも呼ばれる。
海を利用したものは海城ともいう。
高松城、中津城、高島城、三原城などが有名。
萩城は山城でありながら、水城ともいえる。

水城  みずき
山と山とのあいだの低地を横断して堤を築き、そこに水を蓄えて敵軍を阻止しようとするもの。
古代の城の一種で、大宰府の北の防備として、福岡県大野城市に築かれている。

posted by 夢子 at 17:13 | 2016年熊本地震後の復旧熊本城